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2018.05.11

麗しい平安神宮の魅力的な色彩と、美を創出した建築家たち

平安神宮といえば、美しい朱に塗られた社殿に、緑色に輝く碧瓦。さらに、シンボリックな朱の大鳥居。そのスケールと、鮮やかな彩りは、訪れる人々の心を奪い続けています。その建築美の魅力と、どのようにして創り上げられたのかを紐解いていきます。

朱・緑・白……目にも鮮やかな彩りに包まれた平安神宮の建築美

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神宮通を北上していくと、そこには誰しもの目に飛び込んでくる大鳥居が。高さ24.4m、幅18mの大スケールです。昭和4(1929)年、昭和天皇御大礼の記念事業として建てられたこの大鳥居は、今や京都のシンボルの一つとなり、前撮りを楽しむカップルが多数いる人気のスポット。さらに表参道である神宮通を北へ向かうと、応天門が構えています。大鳥居ができるまでは、この応天門が平安神宮の入口でした。応天門をくぐると奥に見えるのが大極殿です。大極殿は、平安京の大内裏朝堂院の正殿大極殿を縮小して模したもの。その向かって右側にあるのが蒼龍楼、その反対側にあり、大極殿の向かって左側にあるのが、白虎楼です。蒼龍楼、白虎楼は回廊で大極殿につながっています。蒼龍・白虎という名は、「平安京が四神(蒼龍・白虎・朱雀・玄武)相応の地」とされたことにちなみます。敷き詰められた白砂の周りを囲う社殿の朱と屋根の緑、その上で輝く金の鴟尾など、あでやかなコントラストの建築美。その色彩を味わえるのも平安神宮の魅力のひとつでしょう。

 

平安神宮を造った男たち

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明治28(1895)年に、第4回内国勧業博覧会と平安遷都千百年紀念祭の開催が決定した京都。目玉となる事業に、平安宮の正庁である朝堂院を模した、平安神宮の造営が計画されました。当時、帝国大学工科大学大学院(現在の東京大学大学院工学系研究科)に在学し、日本建築の研究をしていた青年・伊東忠太。明治26(1893)年、平安遷都記念祭協賛会から、記念殿建築技師に任命されます。なんと任命当時は26歳の若さ。大学院の指導教官・木子清敬が推薦したことによる抜擢でした。

無事、明治28年に平安神宮は完成。師である木子清敬、伊東忠太、さらにのちに帝室技芸員となる佐々木岩次郎の共同設計とされています。木子は顧問としての連名で、実質は伊東が理論や設計を、佐々木が技術や実地を担当しました。平安神宮の造築に成功した伊東は、ここからも飛躍的に活動を続け、数々の神社や建築物に携わりました。のちに東京帝国大学(現在の東京大学)名誉教授となり、建築界で初の文化勲章受章者に。青年が大抜擢されたことから生まれた平安神宮は、今では大極殿など6棟が国の重要文化財に指定されています。

 

まとめ

平安神宮の建築を、色彩と建築家の観点で考察しました。厳かな雰囲気を持つ神社も、違った切り口から見てみると、新しい発見や親しみやすさを感じられるでしょう。半永久的に残る国が認めた文化財であり、京都を代表する美しい建築に囲まれながらの結婚式は、生涯の中でも格別の思い出となるでしょう。

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